武田信玄の実像に迫る!風林火山の真実

1460

戦国一の騎馬隊を率い、戦国大名の中でも特別な存在として扱われている甲斐の虎武田信玄。後に天下を取る徳川家康は、三方ヶ原の戦いで武田軍に惨敗し、命からがら浜松城に逃げ帰っている。この時、武田軍はわずか2時間で徳川軍をほぼ壊滅させたそうである。徳川家康が馬に乗って逃走する際、恐怖のあまり馬上で脱糞した事はあまりにも有名だ。

徳川家康を壊滅させ、勢いに乗る武田軍は織田を壊滅するものと思われたが運悪く武田信玄が病死。武田家と武田信玄の夢は目前で潰えたのである。没後家督を継いだ武田勝頼は武田家の有能な家臣をまとめる事が出来ず、織田の甲州征伐にあっさりと屈する事になる。武田勝頼は元々諏訪家の人間であり、武田家臣には家督を継ぐことを快く思っていない勢力が居たようである。

江戸時代に入ると、武田信玄は神君家康を負かした男として英雄に祭り上げられる。それは現在も続いているが、果たして本当なのであろうか。「武田信玄―伝説的英雄像からの脱却」では、武田信玄の人物像をもう一度見直し、「本当の武田信玄像」に迫ってる。そもそも信玄が英雄に祭り上げられたのは、徳川家康が戦に負けたからであろう。負けた相手を神格化、英雄化する事で「負けても仕方がない男である」事を庶民に植え付けたかったのではないだろうか。したがって、これまでに伝わってきている信玄像は必ずしも正しいとは言えないかもしれない。武田信玄―伝説的英雄像からの脱却は本当の武田信玄像に迫る、貴重な一冊なのである。

この記事をシェア
0 0
記事のタグ